アムステルダムの市場で球根を手に取ったまま、レジの前で足が止まったことがあります。
これ、日本に連れて帰れるのかな、と。
世界の花を訪ねて旅をしている、アリアです。
旅先で心を奪われた花を持ち帰りたくなる気持ちは、痛いほど分かります。
ただ、生きた植物には国境をまたぐときのルールがあって、知らずに持ち込むと空港で処分されてしまいます。
何が持ち帰れて、何がだめなのか。空港での流れまで整理しました。
目次
旅先の花には、ふたつの関門があります
花を日本へ持ち帰るとき、私たちが通るゲートは実はふたつあります。
ひとつは病害虫を国境で止めるための検疫、もうひとつは絶滅しかけている植物を守るための条約です。
この二階建ての仕組みを知らないまま買ってしまうと、空港で泣くことになります。
病害虫を水際で止める「植物検疫」
ひとつめが植物防疫法にもとづく輸入植物検疫です。
花や苗そのものが危険なのではなく、その花についてくるかもしれない虫や菌が問題になります。
一度国内に定着してしまえば、農家の畑も、私たちが愛でている公園の花壇も無傷ではいられません。
私がこの制度を意識するようになったのは、オランダの花市場で「日本へ送るなら証明書を付けるよ」と店主に言われたときでした。
花を扱う人ほど、この手続きを当たり前のこととして知っています。
絶滅を防ぐための「ワシントン条約」
もうひとつがワシントン条約、いわゆるCITESです。
野生動植物が国際取引で獲りつくされないように、絶滅のおそれの程度に応じて附属書Ⅰから附属書Ⅲに分類し、取引にルールを課しています。
経済産業省も知っていますか?ワシントン条約 お土産編で、旅行中に見つけた素敵なお土産が持ち込めない場合があると呼びかけています。
検疫は「虫を入れないため」、条約は「その花を絶やさないため」。
目的がまったく違うので、片方をクリアしてももう片方が残ります。
生花も種も球根も、検査証明書がないと持ち帰れません
いちばん多い誤解が、少量なら黙って持ち帰れるだろう、というものです。
残念ながら、量の多い少ないは関係ありません。
検査の対象は、思っているより広い
植物防疫所によると、輸入植物検疫の対象は苗、穂木、球根、種子といった栽培用の植物から、野菜、果実、切り花、木材、穀類、豆類まで広い範囲に及びます。
花を束ねただけの切り花も、しっかり対象です。
市場で買った一輪も、ホテルの近くの花屋で包んでもらったブーケも、この枠の中に入ります。
そして輸入が全面的に禁止されているものもあります。
- 土
- 土のついた植物
- 植物を害する検疫病害虫
- イネワラ及びイネモミ(朝鮮半島及び台湾を除く)
鉢植えをそのまま持ち帰りたくなる気持ちは分かるのですが、土がついている時点でどの国からも持ち込めません。
現地の土は、日本にとってまったくの未知の生きものの塊なのです。
証明書は現地で取るもので、日本では出せません
必要なのは、輸出国の政府機関が発行する検査証明書(Phytosanitary Certificate)です。
これは輸出国の植物防疫機関の検査に合格した植物に発行されるもので、国際植物防疫条約で定められています。
つまり帰国してから空港で「じゃあ今から取ります」というわけにはいきません。
花を買う前、遅くとも荷造りの前に、現地で動く必要があります。
証明書が添付されていない植物は、植物防疫法にもとづいて廃棄処分となります。
せっかく選んだ花が、家に着く前にお別れです。
免税店で買った花も例外ではありません
空港の免税店で売られているのだから通れるはず、と思ってしまいますよね。
私も昔そう思っていました。
けれど植物防疫所ははっきり、海外からの植物はどこで購入したものでも輸入検査が必要で、免税店で販売されている植物類でも検査が免除になるわけではない、と説明しています。
日本には持ち込めない果物が現地の免税店に並んでいることもあるそうです。
売っていること自体は、持ち帰れる保証になりません。
押し花とドライフラワーは、少し扱いが違います
ここが多くの人の知りたいところだと思います。
生きた花はハードルが高い。では乾かしたものなら、と考えるのは自然な流れです。
「加工品」と認められれば検査は不要になり得ます
植物防疫所は、植物を原料とする加工品であって、病害虫の付着、あるいは生存しているおそれがないものは輸入検査が不要な場合がある、としています。
ポイントは「おそれがない」という部分です。
生乾きのドライフラワーや、茎に土が残ったままのものは、この条件を満たしません。
ラミネート加工された押し花のしおりのように、明らかに手が加えられているものと、束ねて吊るしただけの花束とでは、判断が変わってきます。
形態ごとの目安を並べると、こうなります。
| 持ち帰りたいもの | 扱いの目安 |
|---|---|
| 切り花・生花のブーケ | 検査対象。検査証明書が必要 |
| 種子・球根・苗 | 検査対象。検査証明書が必要 |
| 土つきの鉢植え | 全面的に持ち込み禁止 |
| ドライフラワー | 原則は検査対象。加工の程度によって判断が分かれる |
| 押し花・しおりなどの加工品 | 病害虫のおそれがなければ検査不要となる場合がある |
迷ったら、買う前に問い合わせるのがいちばん早い
加工品かどうかの線引きは、見た目の印象では決められません。
植物防疫所も個別の判断については問い合わせるよう案内しています。
出発前に確認しておけば、現地で悩まずに済みます。
私は気になる国へ行く前に、植物防疫所のよくあるご質問にひととおり目を通してから出かけるようにしています。
空港では、税関より先に植物検疫カウンターへ
無事に証明書つきの花を手にできたら、次は帰国後の動き方です。
ここで順番を間違える人が本当に多いのです。
順路は「入国審査、植物検疫、税関」
流れはこうなります。
- 入国審査を受ける
- 税関検査場内の植物検疫カウンターで輸入検査を受ける
- 検査に合格すると「植物検査合格証印」が押される
- その証印を持って税関検査へ進む
この証印がない植物は、そもそも税関検査を受けられません。
順番が逆にならないよう、荷物を受け取ったらまず植物検疫カウンターを探してください。
検査自体は植物の種類や量によりますが、ほとんどは短時間で終わり、手数料もかかりません。
身構えるほどのものではないのです。
黙って持ち込むと、罰則があります
問題は、面倒だからと申告せずに通ってしまう場合です。
検査証明書を添付せずに輸入した場合や、輸入時の検査を受けなかった場合には、3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金が科せられることがあります。
一輪の花のために背負うリスクとしては、あまりに重い。
もし気づかず持ち込んでしまったときは、最寄りの植物防疫所へすぐ連絡してください。
ランを買うときは、もうひとつのルールが関わります
タイでもシンガポールでも、空港のショップには美しいランが並んでいます。
あの誘惑は本当に強い。
けれどランは、花の中でも特別な立ち位置にいます。
ラン科は、すべてワシントン条約の対象です
日本洋蘭農業協同組合は、蘭とワシントン条約の中で、すべての蘭科植物が条約の対象となり、国際間の移動に規制がかかっていると説明しています。
商取引だけでなく、観光旅行の手みやげとして持ち帰る場合も輸出入の許可が必要です。
パフィオペディルム属やフラグミペディウム属のように、より規制の厳しい附属書Ⅰに載っている仲間もいます。
ランの美しさに惹かれる方は、花言葉の背景もあわせて知っておくと選び方が変わります。
以前書いた胡蝶蘭の花言葉に込められた想いも、よろしければのぞいてみてください。
個人のお土産には特例もあります
すべてが門前払いというわけでもありません。
経済産業省は個人向けの特例制度を設けていて、旅行者の携帯品やお土産品については、貨物の種類と数量が適用範囲に合致する場合にかぎり、輸出入承認やCITES輸出許可書の手続きが不要になるとしています。
ただし相手国側に同じ特例がなければ、そもそも現地の税関を出られません。
手続きに不備があれば、輸出国への返送か任意放棄、つまり所有権を手放すことになります。
買う前に販売店へ確認する。
これに尽きると思っています。
花の記憶を持ち帰る、私のやり方
ここまで読んで、少し気持ちがしぼんでしまった方がいるかもしれません。
でも私は、持ち帰れないと知ってから旅の記録の仕方が変わりました。
写真と、その場で書き留めた言葉
花そのものは置いていくと決めてから、写真の撮り方が変わりました。
花だけを寄って撮るのではなく、隣にいた売り子さんの手や、市場の床に落ちた花びらまで入れて撮るようになったのです。
そして必ずその場で、匂いや気温や、誰と何を話したかを短くメモします。
帰国して見返したとき、記憶を連れ戻してくれるのは花の完璧な一枚より、こちらの雑なメモのほうでした。
香りと、お茶と、手仕事のもの
形として持ち帰るなら、花そのものではなく花から作られたものを選びます。
プロヴァンスならラベンダーの精油、ベトナムなら蓮の香りをうつした茶葉。
どちらも植物そのものではないので、荷物に入れるときの気持ちがずいぶん軽くなります。
刺繍やタイル、陶器の絵付けなど、その土地の花をかたどった手仕事のものもよく買います。
キューケンホフで買った小さなチューリップのタイルは、もう何年も台所の窓辺にいます。
花は枯れますが、こちらは枯れません。
まとめ
旅先の花を持ち帰りたいなら、押さえるところは多くありません。
生花も種も球根も、輸出国の検査証明書がなければ廃棄になります。
土つきの鉢植えは、どこの国からでも持ち込めません。
押し花やしっかり加工されたものは扱いが軽くなる場合がありますが、判断は個別なので、買う前の問い合わせが確実です。
ランに手を伸ばすときは、検疫に加えてワシントン条約が関わることを思い出してください。
帰国したら、税関より先に植物検疫カウンターへ。
ルールを面倒だと感じる日もありますが、これは次に同じ場所を訪れる誰かのために引かれた線だと思っています。
私たちが花畑を見て息をのめるのは、そこの生態系がまだ壊れていないからです。
持ち帰るものを選びながら、置いていくものも選ぶ。
それも花旅の一部なのだと、最近になってようやく思えるようになりました。
